天海祐希の宝塚時代の仰天エピソードとは?病気の原因は身近にあるものだった?

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天海祐希さんといえば、宝塚の元トップスター。
その宝塚時代のエピソードが色々あるようなのですが
一体どんな内容なんでしょう?

最近では急性心筋梗塞にかかり
舞台を降板したことがありましたよね。

結局あの時の病気は何が原因だったのでしょうか?
こちらも気になったので調べてみました。

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プロフィール

名前:天海祐希(あまみゆうき)

生年月日:1967年8月8日

出生地:東京都

身長:171cm

血液型:O型

 

出演作品

ドラマ
「離婚弁護士」(2004年)
「女王の教室」(2005年)
「Around40〜注文の多いオンナたち〜」(2008年)
「BOSS」(2009年)
「GOLD」(2010年)

映画
「バッテリー」(2007年)
「崖の上のポニョ」(2008年)
「アマルフィ 女神の報酬」(2009年)
「カイジ 人生逆転ゲーム」(2009年)

 

宝塚時代の仰天エピソードとは

天海祐希さんは宝塚歌劇団の中でも
めったに現れない逸材だと言われています。

そんな天海さんの宝塚時代のエピソードが
いくつかあります。

 

天海さんが宝塚音楽学校を受験した時、
演出家の人から「お母さん、よく産んでくださいました
と言われたそうです。

こんなこと普通言われないですよね(笑)
それだけ、すごい逸材だったということです。

 

宝塚入団後は
入団1年目〜7年目までの新人で行う新人公演の主役を
1年目から抜擢されます。

新人公演の間で1度も主役や準主役を演じることが
できないことが当たり前といわれている中で
1年目から主演を演じることがどれほどすごいことか
分かります。

 

また、研7(正確には6年半)でトップスターになったのは
天海祐希さんだけで、この記録はいまだ破られていません。

研7とは研究科7年という意味で、
生徒の入団年数を表す時に表現する言葉です。

 

そしてトップスターになるのも早ければ
卒業するのも早かったです。

ふつうはトップスターになってから
3年ほど在籍するのですが、わずか2年で退団しています。

 

公演中、トップスターは大きい羽根を背負っているのですが
天海さんがそれを嫌ったため羽根なしだったそうです。

普通ならこんなわがままは通用しないのですが
天海さんだけは通ってしまうところに凄さを感じることができます。

 

宝塚ファンの中には格差があり、入りたてとベテランとでは
受けられるサービスが違います。

ところが天海さんはファンの格差とは関係なく
全員にプレゼントを贈ったりしていました。

 

このように驚きのエピソードがたくさんありますが
天海祐希は「宝塚」という慣習を変えたかったがために
こういう伝説(?)が残ったのではないかと言われたりします。

そして宝塚卒業後は、宝塚出身ということを
頼ることなく女優として成功をおさめています。

男気あふれる行動で女優として成功をした
天海さん。さすが元男役トップスターですね。

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病気の原因は身近にあるなもの?

天海祐希さんは2013年、心筋梗塞にかかり
一時入院をしていました。

幸い、経度な心筋梗塞だったため
10日ほどの入院ですみましたが
なぜ天海さんは病気にかかったのでしょうか?

 

心筋梗塞といえば生活習慣の悪化によって
起きることが多く、太った方がかかる病気
というイメージがあります。

また男性患者のほうが女性に比べて3倍多いため
天海さんのように痩せていて女性がなる要因として
喫煙・ストレスが考えられます。

 

天海さんもタバコを以前吸っていたようだったので
これに該当します(最近は禁煙したらしいです)。

またストレスという点でも、主演を演じることが
多い天海さんにとって、責任感という重圧が
常にありストレスは感じていたはずです。

 

このようにごく身近なことが原因で
病気になってしまった天海さん。

いくらトップスターでも
病気には勝てなかったようですね。

今回は軽症で済んだの良かったですが
再発するほどのストレスを抱え込まなければいいのですが…。

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